ORIGIN
01トリガーポイントとの出会い
治療家を辞めようと考えるほどの坐骨神経痛。その経験が、トリガーポイント鍼療法を専門にする原点になりました。
学生時代から卒業後まで接骨院で経験を積み、その後は診療所の理学療法室や整形外科で、数多くの慢性痛の患者さんの施術に携わりました。カイロプラクティックやモビライゼーション、各種の鍼法、ストレッチなどを学び、治療家として自分なりの自信も持っていました。
ところが30歳を目前に、強い足の痛みとしびれに襲われました。1分以上立つことも歩くこともできず、勤務先の整形外科で検査を受けると、腰椎分離症があるため仕方がないと説明されました。鎮痛剤を服用し、それまでに学んだ治療法を自分の身体で試しても、症状は思うように変わりませんでした。
患者さんを施術する立場でありながら、自分自身の痛みに何もできない。「自分の症状さえ改善できないのであれば、この仕事を一生続ける価値はないのではないか」。治療家を辞めることまで考えるようになりました。
そのとき、学生時代の友人から勧められたのが、トリガーポイント鍼療法の書籍でした。そこに書かれていた筋肉と痛みに対する考え方を読み、施術法を確かめながら自分の身体に鍼を打ったところ、それまでにはなかった劇的な変化を感じました。

この経験から、いくつもの治療法を中途半端に取り入れるのではなく、一つの治療法を深く究め、確かな技術と高度な専門性を身につけたいと考えました。2003年、日本のトリガーポイント研究を牽引していた黒岩共一先生(当時・関西医療大学教授)が主宰するトリガーポイント研究会に入門しました。
研究会のある大阪へ月に数回、始発の飛行機で通い、研修や大学での臨床実習に参加しました。研修後も仲間と練習を重ね、最終便で帰る生活を続けました。研究会のスタッフや筋肉への施術を専門とする施術者のもとへ自ら施術を受けに行き、手技や鍼先の感覚を自分の身体でも確かめながら学びました。
その後は研究会のスタッフとして声をかけていただき、さらに深く学ぶとともに、指導する側にも回りました。解剖学、触診、刺鍼技術を繰り返し学んだこの時期が、現在の深部筋への施術、鍼の響きや抵抗、抜鍼後の変化まで確かめる臨床の土台になっています。
勤務していた整形外科では、一人の患者さんにかけられる施術時間が限られていました。学んできたトリガーポイント鍼療法に、もっと時間をかけてしっかり取り組みたい。その思いから、2004年にのざき鍼灸治療院を開院しました。


