筋・筋膜性疼痛症候群(MPS)の診断と治療

筋・筋膜性疼痛症候群(MPS)は近年かなり広く認知され、治療を行う医療機関、治療家も増えてきました。ところが、治療を受ける機会が広まる一方で、あまり治療効果がないという声も聞かれます。これはどういうことでしょうか。
ページ下にある「このサイトの趣旨」欄で、筋・筋膜性疼痛症候群の診断と治療は医療機関・治療家によって一定でないと書いています。

生体の筋肉で微細な部分の機能や組織変性等を、観察したり検査する方法は現在のところありません。したがって筋硬結やトリガーポイントが形成されるメカニズムは推測となります。筋・筋膜性疼痛症候群の診断と治療も、いまだ明確に確立されていないため、以下に述べることも臨床の立場からの推論です。

筋硬結とトリガーポイントの関係も解明されているとはいえず、トリガーポイント治療といいながら筋硬結を治療対象としているかも知れません。この辺の混乱が、筋・筋膜性疼痛症候群の診断および治療法が一定せず、治療効果もまちまちになる原因ではないでしょうか。
筋硬結=トリガーポイント、という類型的な判断への臨床からの提言です。

筋・筋膜性疼痛症候群、標準治療と診断基準について

筋・筋膜性疼痛症候群の標準治療とされるトリガーポイント注射は、筋硬結(索状硬結)中にある、トリガーポイント(発痛点)を含むテンダースポット(過敏部位)を治療の対象としています。これは1980年代に「トリガーポイント・マニュアル」(デイヴィッド・サイモンズとの共著)を上梓した、アメリカの医師ジャネット・トラベルが行ったものと変わっていません。

筋硬結は、凝り(こり)・痼り(しこり)という形で触診することができますから、存在することは経験的に分かっています。テンダースポットも、触診による圧痛点という形で確認できます。さらにトリガーポイントを同定するには、特徴的な関連痛の再現、ジャンプサインなどを判定基準とします。

現在もトリガーポイント注射の診断基準・治療法は、トラベル&サイモンズが提唱したものに準拠しているわけです。このため筋・筋膜性疼痛症候群(トリガーポイント)の診断と治療は、通常の圧痛点と同じように行われます。
つまり、触って患者が痛いといった個所、触診で認められる索状硬結、またパターン化された関連痛の個所に注射するということになります。

治療で大切な、筋硬結とトリガーポイントの見極め

筋・筋膜性疼痛症候群治療に関する海外の文献で、局所麻酔薬また筋弛緩薬、抗炎症薬を用いないドライニードリング(鍼療法)は、強いエビデンスが見られないとされています。
トリガーポイントを同定しなくても、索状硬結部位やテンダースポットへ注射すると、薬液の浸潤により一時的な筋硬結の解除といった、ある程度の治療効果が望めます。ところが、同じやり方でドライニードリング治療をしてもあまり効果がないのは、トリガーポイント穿刺以外の作用機序が働かないためではないでしょうか。
トリガーポイントを正確に診断する技術が確立されていないためと考えられます。

薬液を用いない、注射針の穿刺による治療効果は初期の頃から知られ、トラベルとサイモンズも鍼治療に注目していたようです。現在のドライニードリング療法は、中国系カナダ人医師により確立されたもので、技術は中国鍼の影響を受けていると思われます。
中国鍼から始まる経絡理論は、身体表層部に経穴が存在するとします。トリガーポイントも筋膜にできるので、一見して経穴と一致するようなことがあります。しかしトリガーポイントは必ずしも体表面に限るわけではなく、むしろ筋肉が骨に付着する関節付近や身体深層部に形成されることが多いのです。

凝り・痼り(筋硬結)がトリガーポイントではない

トリガーポイントは、何らかの理由で感作された受容器だと考えられます。受容器が感作されると、やがて筋肉に筋硬結(凝り・痼り)として現れます。そして自発性の強い痛みと、筋肉の拘縮が様々な障害を引き起こします。
筋硬結の正体はよく分かっていません。筋繊維の極度な痙攣がもたらす持続的な収縮など、さまざまな仮説があります。トリガーポイントとの因果関係も不明です。

筋硬結中にトリガーポイントが多いのは事実ですが、双方の関係がよく分からないので、筋硬結だけを指標にしてもトリガーポイント治療はうまくいかないことが多いようです。

臨床の経験からいえば、トリガーポイントは索状硬結や圧痛部位に限局されるものではなく、むしろ硬結を生じない筋骨接合部、腱、靭帯に多く見られます。また受容器は筋膜・結合組織、筋周膜(おそらく筋繊維にはない)に多く存在します。

前述の理由により、トリガーポイントの診断は索状硬結や体表面の圧痛点触診だけでは不十分で、詳細な解剖学的な知識に加え、深層筋触知技術、筋縁重視の触察術が重要になります。

なぜ関節・関節付近が痛むのか、関連痛なのか

筋・筋膜性疼痛症候群は、四肢・腰部・頚部関節の痛み、偏頭痛、顎関節症、無菌性膀胱炎、生理痛など様々な症状を引き起こすとされます。

なかでも主な症状は、関節付近の痛みと関節の可動域制限、関連痛また筋の緊張・短縮、筋力低下という形で現れます。痛みはトリガーポイント(発痛部)が引き起こし、関節可動域の制限は罹患筋が伸張性に欠け短縮しにくい事に加えて、局所の筋硬結、筋短縮、腱の硬化によるものがあるようです。

この状態が長く続くと筋、腱以外の靭帯や関節包の柔軟性が変化してきます。トリガーポイントが生じた筋肉は全体として短縮する事が多く、関節付近の筋付着部に大きな負担がかかります。やがて結合組織の障害と関節の歪み・変形をもたらすのです。

関節付近に大量の神経線維が存在することが、研究者の間では知られています。受容器と神経線維は密接な関係があり、かつ関節に筋肉が付着する事が多いことから、感作された受容器(トリガーポイント)も関節近辺に多く存在します。
このことから、関節が痛くなるのは関連痛というよりも、関節付近のトリガーポイントが痛みを発することが多いと思われます。マニュアル化された関連痛パターンを拠り所にしていると、治療効果が限定されてしまうことがあります。

筋・筋膜性疼痛症候群、診断と治療のまとめ

筋肉の緊張・短縮、弾力性・柔軟性は、ストレッチング等の物理療法で一時的に回復します。局所の筋硬結も、麻酔薬や手技による圧力などで柔軟性を取り戻すことがあります。しかし凝り・痼りが取り除かれても、トリガーポイントそのものを治療しないかぎり、痛みは無くならず根本的な改善にはつながりません。

通常の検査で異常が見られない、筋・筋膜性疼痛症候群では、患者の訴えが診断の最も重要な項目です。「どこが痛いのか」「どのように痛むのか」「どんな動きで発痛するのか」等の情報がトリガーポイント診断の目安になります。
患者の訴えは共通点もありますが、個々のケースで微妙に異なります。関連痛パターンをすべての患者・症状に、そのまま適用できるわけではありません。

  • 「痛い箇所が段々広がり、右半身全部が痛い」
  • 「体の奥の方から、引っ張られる感覚がある」
  • 「痛みが移る、全身に移動性の痛みがある」
  • 「筋肉の深い部分が、凝っている感じがする」
  • 「痛いのは一箇所だが、触られるとあちこち痛い」
  • 「筋肉の張りが取れても、別のところに痛みが出る」
  • 「鍼を打つと楽になるが、その場所の裏側が痛くなる」

これらの患者の訴えは、既知の関連痛パターンと一致しないことがあります。しかし筋・筋膜性疼痛症候群の診断と治療に意義深い示唆を与えるものです。患者により痛みの発生は様々だということを考えさせられます。
画一的な関連痛のマニュアル、索状硬結・圧痛点にとらわれることなく、患者の訴えに真摯に向き合うこと。問診に加えて患者の筋肉の状態を観察する技術を養うことで、効果的な筋・筋膜性疼痛症候群(MPS)の治療(=トリガーポイント治療)となるのではないでしょうか。

【当ページへのコメントについてお知らせ】
このMPSページを開設以来、多くのユーザーに閲覧いただきました。サイトの趣旨である、痛みの治療方針選択に多少なりとも貢献できたかと思います。
コメントを通じてのご質問も増えてきました。しかしながら、個々の患者さんの症状はそれぞれ異なり、問診だけで判断できません。コメントのやりとりで、適切なアドバイスは難しいことです。
真剣に悩むお気持ちは理解できるのですが、医療行為には慎重な対応が求められます。従いまして、今後はコメントの受付を中止させていただきたく存じます。

MPSサイトを閲覧いただき、ご自身の症状について適応かどうかは、当ページへのご質問ではなく、かかりつけ医に相談されることをお勧めします。
MPSサイトを開設している野崎真治は、千葉県流山市でトリガーポイント治療を行っています。近隣の方は「のざき鍼灸治療院」で対応いたします。他の地域にお住いの方は、SIGトリガーポイント研究会員の治療所をご検討ください。(ページ下部「このサイトの趣旨」にリンクがあります)

筋・筋膜性疼痛症候群(MPS)の診断と治療」への9件のフィードバック

  1. たまたまこの記事目にしました、読んでいたら、、もしかしたら、自分もこれかなと思いました。
    ひざ、足首、反対足、足首、足の裏の筋など、痛みが移動しているような感じ、、いきなり歩けなくなって、、あちこち、レントゲン、MRIにも異常なく、、いまだに膝、足首痛み移動しています。。
    病名が見つからなくて、、困っています。

    1. はじめまして。全身的に痛みがあり、その時々で痛い箇所が移動するような感じなのですね。
      MPSである可能性と線維筋痛である場合とどちらも可能性があると思います。
      ですがMPSと線維筋痛には明確な線引きがなく、 元々は連続的な物だと私は考えております。
      線維筋痛の診察を専門の病院で受けられるか、もしくは広範囲なMPSとしてトリガーポイント療法を
      お受けになるか宜しいのではないかと思われます。

  2. 上尾市の病院で筋筋膜性疼痛症と診断されましたが、トリガーポイントや注射の治療を受けられません。(漢方薬としっぷのみ)
    私が数年前に腎動脈狭窄症のステント手術後に血液サラサラのくすりを2種類服用しているし、79歳と高齢のため危険性有とのことです。
    他の病院では手術を3回もしたり、中ア社も毎月受けています。
    注射の可否と高崎線の大宮~鴻巣近辺でよい治療先があれば後教授ください

  3. 誤字あり再送
    上尾市の病院で筋筋膜性疼痛症と診断されましたが、トリガーポイントや注射の治療を受けられません。(漢方薬としっぷのみ)
    私が数年前に腎動脈狭窄症のステント手術後に血液サラサラのくすりを2種類服用しているし、79歳と高齢のため危険性有とのことです。
    他の病院では手術を3回もしたり、注射も毎月受けています。
    注射の可否と高崎線の大宮~鴻巣近辺でよい治療先があれば後教授ください

  4. はじめまして。椎間板ヘルニアと診断され神経根ブロックしたのですがまったく効かず、服薬していても一向に痛みはなくならず、そんなときMPSを知り自分の症状はこれだ!と確信しました。MPS研究会に加盟している、エコーガイド下によるトリガーポイント注射を行なっている医療機関で、初回16本注射してもらったところ症状は格段に良くなりました!その後2週間に一度の注射、現在まで5回です。初回に感じたほどの実感はないものの、少しずつですが回復に向かっているかな、、、という感じです。ところが数日前から痛みが再びひどくなってきました。回復してきていると思っていたのに、、、自分でできるストレッチ、筋膜リリース、姿勢にも気をつけて生活しているのに、、、かなり落ちこんでます。このままこの治療を続いていってよいものか、とも思います。ご意見、アドバイスなどありましたらよろしくお願いします。

    1. はじめまして。
      一般的に筋膜や腱、靭帯などに形成されたトリガーポイント(感作部位)は冷えやストレス、天候などで悪化する事は間々あります。
      また、感作部位は表層の筋膜だけでなく深部の筋の付着部にも形成され、むしろそちらの方が割合としては多いと思います。
      今の治療に加え、何かの方法で深部に対するアプローチができると良いのではないかと思います。

      1. 返信ありがとうございます!トリガーポイント注射を17本うってもらい、痛みはだいぶ楽になりました。先生のおっしゃる、「何かの方法で深部に対するアプローチ」の何かとは、やはり鍼のことなのでしょうか?

        1. はい、深部というのは筋肉が骨に接合する部分を指しておりまして
          そこに対するアプローチというのはそれなりの長さを持つ物での刺激になります。深部を狙う鍼か、深部まで圧を到達させる事の出来るツールによるマッサージになります。

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